食材

老舗2社が守り続ける静岡・浜松名産「浜納豆」のこだわり

秋の夜長という言葉がしっくりとくる季節。手にするお酒も、泡から日本酒へと変わりつつあります。そんな夜のお供として、最近わたしが気に入っているのが、静岡県浜松市の名産品「浜納豆」。大豆を麹で発酵させた大豆発酵食品の一つです。袋を開けたときにわっと押し寄せる納豆と味噌を合わせたような独特の香りに一瞬ひるむかもしれませんが、うまみとこくがぎゅっとつまっていて、ちょっとくせになる味わいです。ちびりちびりとお酒を楽しむときのつまみにはもってこいなのですが…。独特な香りと塩気の強さから好き嫌いが分かれるため「裏の名産品」とも言われています。そんな浜松の名産品「浜納豆」に2つの顔があることをご存じですか?

「浜納豆」を製造する老舗2社 実は2社とも同じ会社がルーツ

浜松で、浜納豆の製造メーカーとして広く知られているのは、鈴木醸造とヤマヤ醤油の2社。鈴木醸造は1978年、ヤマヤ醤油はその1年前の1977年に設立されました。伝統の味を引き継ぐ会社としては、歴史が浅いのでは…と尋ねてみたところ、実は2社とも同じ「ヤマヤ溜商会」という江戸時代後期に創業した店だったそうです。

先代の時代に事情により3社に分かれ、うち1社が「ヤマヤ」の商号を継いだのですが、のちに廃業。その廃業した会社から商号を受け継いだのが、現在の「ヤマヤ醤油」。そして残る1社が「鈴木醸造」です。ちなみに創業者と血縁関係にあるのは「鈴木醸造」。「ヤマヤ醤油」はヤマヤ溜商会の役員により設立されました。

左右に並べた2つのパッケージ。何が違うかわかりますか?細かい違いはいくつかありますが、大きな違いとして挙げられるのが「伝統の味」と「元祖」という文言です。伝統の味と記されている左の品は、「株式会社鈴木醸造」が製造したもの。「元祖」と書かれた右は「ヤマヤ醤油有限会社」のものです。

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浜納豆の効能と材料、添加物がないから健康に良い

浜納豆は、大豆を麹で発酵させた大豆発酵食品。1.5cmほどの小さな黒い粒ですが、その大きさからは想像できないほど、一粒のインパクトが強い食べ物です。納豆と名前はついていますが、納豆のように無塩発酵ではなく、納豆菌も用いていないため糸を引くことはありません。

浜納豆は、通常の納豆と比べてタンパク質やビタミンB群が豊富で、特にビタミンB12は通常の納豆の約10倍含まれています。

中国の唐の時代に遣唐使により渡来。京都の寺で作られていたものが浜名湖畔の寺に伝わり「浜納豆」と呼ばれるようになったと言われています。中華料理で使われる「豆鼓」、京都の「大徳寺納豆」と同じ仲間であり、味噌のルーツと言われる食材です。

浜納豆の材料はいたってシンプル。大豆と麹、食塩と生姜です。まず蒸した大豆に麹菌を混ぜ寝かせます。次に桶に入れ塩水を混ぜた後、発酵させます。発酵、熟成により黒くなった豆を天日干しし、袋詰めする際に生姜を混ぜ込めば完成です。両社とも仕込むのは月に1回。1回の仕込み量はヤマヤ醤油が540kg、鈴木醸造が1000kg。この量をヤマヤ醤油では3人で、鈴木醸造では6人で作っています。

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2つの浜納豆の違いは?

基本の作り方は同じでも、やはりそれぞれのこだわりは現れるもの。大きく違うのは豆の大きさです。写真を見るとわかるように左はふっくら大きく、右はやや小ぶり。鈴木醸造のこだわりの一つがこの部分にあります。

鈴木醸造の豆は北海道産の大袖振

両社とも北海道産の黒目と呼ばれる大豆を使っていますが、鈴木醸造が使うのはその中でも大粒に分類される「大袖振」と呼ばれる品種。利益を出すことだけを考えるのなら外国産という選択肢もある中で、北海道産の大袖振を使い続けています。外国産と比較すれば価格は7~8倍。時代とともに生産者も少なくなってきており、いつまで調達できるのかという先行きの不安もあります。

それでも、豆を変えないのは、「親の遺言」(鈴木博久社長)だから。そしてそれ以上に大事なのは、長年食べてくれているお客さんの舌は裏切れないとの思いです。

鈴木醸造の浜納豆は、塩辛さはあっても、まろやか

鈴木醸造のこだわりの2つ目は、麹菌を混ぜた後に加える塩水の混ぜ方にあります。職人としての技量が発揮される部分で、「この部分は各社の秘密」(鈴木さん)と言います。塩水の振り方により違いが出るのは、まろやかさ。2社を食べ比べると、よくわかります。ヤマヤ醤油の浜納豆は、どこかとがった塩気。これに対して、鈴木醸造の浜納豆はというと、塩辛さはあっても、まろやかです。

塩気を感じるタイミングも微妙に違います。ヤマヤ醤油の製品は口に入れたとたんに、塩気を感じますが、鈴木醸造の浜納豆で最初に感じるのは塩気よりも旨み。その後、かみしめるごとに塩気がじんわり広がります。また豆味噌などでも感じる、食べた後に口に残る渋みのようなものもありません。

ヤマヤ醤油は1年超の自然発酵、乾燥見極めに職人の目

一方のヤマヤ醤油が浜納豆の製造過程でもっとも技量が必要となる部分と話すのは「天日干し」。均一に干しあがるよう並べ方に気を付けるほか、乾燥状態の見極めにも目を凝らすといいます。目安とするのは「7割乾燥」。気温や陽射し、風の状態によっても乾燥具合はかわるため、慎重な見極めが必要になる部分です。

また自然発酵にもこだわりをもっています。鈴木醸造の場合、品質を保ちながら一定期間で仕上がるよう、酵素が働きやすい25℃以上に室温を管理していますが、ヤマヤ醤油は自然の力にゆだねるという考え方。鈴木醸造の発酵期間は3~4ヵ月ですが、ヤマヤ醤油の場合、約15カ月をかけて作っています。暑い夏場は短く、寒い冬場は長くといった調整が必要になります。

浜納豆を使ったレシピを提案し、積極的にアピール

浜納豆の魅力を伝える取り組みを積極的に展開しているというのも、ヤマヤ醤油の特徴です。SNSを介し、浜納豆を使ったレシピを提案。「隠し味」として使ってもらうことで、新たな魅力に気づいてもらうことが狙いです。豚の冷しゃぶのたれや炒め物に加える。麻婆豆腐に入れるなど、使う料理は和洋中問わず。ちなみに社長の金原利征さんの一押しは、トマトソースに加えること。そのまま食べるのは苦手という人も、「隠し味」としての使い方に対しては「よい評価が多い」と言います。

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ABOUT ME
蒼井 翠
北海道で生まれ、全国各地で育つ。専門紙で10年超、記者をした後、再び大学へ。食の知識を深めるべく、親子ほど年の離れた学生と学ぶ日々を送る。地域に根付く食、そして、食を支える人々。その思いを届けることが、目下の目標。